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ひねもすのらりくらりかな

福岡在住です。 すろーなペースで食べ物,写真などについて書いてます。

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2017.12.04 Mon » 1ヶ月後の準備

夫婦恵比須大祭,3日の千座式は16時までだったので,
その日のうちに片付けてしまうんだろうな~と思いながら
21時近くに櫛田神社に寄ってみると・・・・・

20171104meoto1.jpg

中洲も川端商店街も日曜は休みのお店が多いので,
日曜の夜は櫛田神社も人出が少なく閑散とした感じなのですが,
夫婦恵比須大祭の飾りつけやライトアップはそのままで,
けれども人は誰もいないという「THE 祭の後」的な光景が
人工のライトとスーパームーンの自然の灯りに照らされて
明るく冷たく音も無く静止するさまにうっとり。

20171104meoto2.jpg

こんな風景をみていると『博多っ子純情20巻』p.163~165の佐間洋のように

20171104sama1.jpg

祭が・・・・永遠性を求めるものであるなら

祭が終わった後の余韻の中に身を置くことも
また祭の鑑賞だと僕は思う・・・

20171104sama2.jpg

っていいたくなりますが,そんなこといったら

あとでこんな感じで爆笑されるのがオチでしょうが(笑)

20171104sama3.jpg


まあそんなこんなで余韻の中に身をゆだねるのはこのあたりで終了です。

で,お次は1ヶ月後にせまった筥崎宮の「玉せせり」の話。

先日,夫婦恵比須神社がかつて「三日恵比須神社」と呼ばれていたこと,
住吉神社の恵比須様も同じ三日恵比須神社であることは書きましたが,
そこから「では,夫婦恵比須大祭以外に三日に行われる祭りがあるのか?」
と思って『博多山笠記録』の子ども組に関する記述より
玉せせりに関わる記述(p.8)を読んでいると博多部の町のほとんどで
昔は玉せせりをしていたみたいですが明治30年頃で終わったみたいですね。

『では,せせられなくなった玉はどうしたのだろう?』と思って読み進めると,
櫛田神社に移設されたものがあった模様です。

で,その後福岡市 2012 新修 福岡市史 民族編一 春夏秋冬・起居往来の
第一節 筥崎宮玉取祭の記述(p.26)を読んでいると,玉の由来は諸説あるけど,
基本的に「木の玉だけど海から持ってきたもの」であり,
「直接筥崎宮に神納されたものもあるが,各町の恵比須神社に神納され,
そこで毎年の玉せせりなどに供された後に櫛田神社に移設され,
その後さらに筥崎宮に移設,という経路の主張も存在する」ようですね。

山笠のお汐井取りなどで筥崎宮と櫛田神社の関係があるのは知ってましたが,
玉せせりに関しても関係があるかもというのは初めて知りました。

また,玉せせりというと筥崎宮のお祭りというイメージが強かったのですが,
櫛田神社に対する夫婦恵比須大祭と同じ感じで,
筥崎宮の末社の玉取恵比寿神社にまつわる神事なのであり,
基本的には恵比須様に関連する祭なのだろうなあと。

そう考えると玉せせりの説明で聞いた「陰の玉,陽の玉」というのは,
海から来たものだから恵比須様の依り代的なものであり,
そう考えると「玉せせりの二つの玉=夫婦恵比須」ともとらえられるのかもと。

またこんな感じで夫婦の恵比須様的なものをいろいろ探していってみたいなと。

20171104meoto3.jpg
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