ひねもすのらりくらりかな

福岡在住です。 すろーなペースで食べ物,写真などについて書いてます。

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2015.08.21 Fri » 出会いスパイラル

盆休み明けだからというわけではなくて
いつものような弛緩した足取りで
いつものようにぽかんとした口開けて
出勤前のお参りをせんと櫛田神社を歩いていると、
いつもはまったく意識にのぼってこなかった
石碑と立て札が目に飛び込んできました。
20150821bimaikura1.jpg

正面からとったこの写真をみると、「何で気づかんねんこのぼけが!」
とつっこまれそうですが、いつも歩く方向から撮った次の写真をみると
葉の茂りで立て札が隠れて気づきにくいのもわかっていただけるかと。
20150821bimaikura2.jpg

で、近づいてみてみると以下のようなことが書いてありました。
20150821bimaikura3.jpg

博多備荒米の碑

「茲(ここ)に並ぶ「博多津中備米蔵」「博多区有備米金寄付者碑」
「財産貯蓄金寄付者」等一連の記念碑は安永年間(一七七八)に始まる
博多津中の生活防衛に大きな役割を果たした「博多義蔵」と呼ばれる
制度の名残で天変地異その他非常災害に備えて博多津中の有志
相計って米を貯蔵庶民の救済にあてた「用心米」に関するものである。
ここ櫛田神社が町人の信仰上精神上の拠り所だけでなくもっと生活に密着した
存在として関わりを持ち庶民連帯の場所として愛されていたことが窺える。」


しょっちゅう同じ道歩いているのにまったく気づかなかった立て札に、
今朝ふと気づいたのは、おそらく先日飢人地蔵尊のことを書いて、
「享保の大飢饉」についての意識が高まっていたからなんだろうなあと。

調べてないので根拠はまったくないのですが、おそらく1732~1734年の
「享保の大飢饉」直後の、「回復に必死で他や後のこと考えられない」時期を
数十年かけてやっとのことで乗り越えて、それらを冷静に見つめなおして
備えるような気持ちになれたからこそ出来た制度なのかなあなどと。
こんな感じで「現物」同士がつながることで、そこで得た「知識」がつながると、
中高時代あれだけ苦手だった年代の記憶とかすんなり覚えられるのになあ…と。

まあでもこんな感じで、中高生の頃は正直嫌いで
当然点数もとれず避けてばかりだった社会や歴史について
最近興味関心が出てきたのは素直にうれしいことだなあと。

なんというか、得た知識がさらなる知識の獲得への呼び水になって
いろんな知識が結びついていく連鎖が起きるのはほんと楽しい経験だなあと。

『よか美人との出会いの連鎖につながる出会いを…』
なんて大それた願いはしませんので、
『うまい麺との出会いにつながる出会いが欲しいなあ~』などと。

この週末はどっか食べに行くぞ~~~。
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