ひねもすのらりくらりかな

福岡在住です。 すろーなペースで食べ物,写真などについて書いてます。

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2017.09.03 Sun » 小説に書かれた櫛田神社


先日書いた博多駅丸善の古本市の件ですが,「買ってみたいなあ」
と思いつつ買うのをあきらめた本があって,
それらはすべて「福岡市文学館」が編集したものでした。

文学部出身ですがそれほど「文学」に関しての知識はなく,
今日の今日まで福岡市に文学館があることを知らなかった体たらくですが
あるのであればまず文学館に行ってバックナンバーあるか探そう!
と思って住所を検索していると,なんと那珂川沿いのあの建物!

20170903bungakukan.jpg
住所:福岡市中央区天神1丁目15番30号 (MAP)
営業:9時~21時(夜遅くまで!) 定休:月曜日,年末年始 駐車場:なし
公式HP: http://toshokan.city.fukuoka.lg.jp/literatures/

これって文学館だったんですね~。
で,入館料がワンコイン以下だと入ろうと決意してみると
無料だったので喜び勇んで入館です!

20170903bungakukan2.jpg

Wikipediaによるともとは「福岡市歴史資料館」だったのが手狭になったので,
博物館機能は福岡市博物館に,文学館機能は福岡市総合図書館に移管したようで,
資料は総合図書館まで行かないと購入できない模様。・゜・(つД`)・゜・。
さすがに西新まで歩いて行く気力はないので本日は断念して,
この建物に残された図書紹介コーナーを見学することに。

所蔵の図書は基本的に「福岡出身の作家の書いた本」が多く,
福岡市在住の方の書かれた同人誌などが充実していますが,
「福岡について書かれた」どちらかというと博物館的な本はみあたらないな~
と思って探していると「文学に書かれた福岡」を紹介するパネルがあって
そこに櫛田神社が書かれた作品が紹介されていました。

1つめは夢野久作 『押絵の奇蹟』で青空文庫で無料で読めます。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/card930.html

全然読めてないのですが櫛田神社に関連しそうなところを挙げると

「故郷の九州福岡へ帰りました。そうして博多駅より二つ手前の筥崎駅で降りまして人目を忍びながら、私の氏神になっております博多の櫛田神社へ参詣致しまして、そこの絵馬堂に掲げてあります二枚の押絵の額ぶちに「お別れ」を致しました。」

「一枚は八犬伝の一節で、犬塚信乃と犬飼現八が芳流閣の上で闘っておりますところで、今一つは阿古屋の琴責めの舞台面になっております。どちらも大きな硝子張りの額ぶちに入れてあります上から今一重、頑丈な金網で包まれて、絵馬堂の西の正面に並べられている」

現在の櫛田神社の絵馬は,基本的には本殿の裏側に集められている気がして
「絵馬堂」というのはない気がしますが,「絵馬堂の西の正面」という表現より,
四方に絵馬を飾る方形のスペースがあったもようなので,
もしかしたら今の手水舎横の休憩所みたいな絵馬堂があったのかなと。

物語の手紙が書かれたのが明治35年3月29日とありますが
作中の主人公の生年月日が明治13年12月29日とあり,
生家に12年住んだなどの記述もあるので絵馬が書かれたのは
明治20年のころのはなしになるのかなあと。

「私の生家は福岡市の真中を流れて、博多湾に注いでおります那珂川の口の三角洲の上にありました。
 その三角洲は東中洲と申しまして、博多織で名高い博多の町と、黒田様の御城下になっております福岡の町との間に挟まれておりますので、両方の町から幾つもの橋が架かっておりますが、その博多側の一番南の端にかかっております水車橋の袂の飢人地蔵様という名高いお地蔵様の横にありますのが私の生家で御座いました。その家は只今でも昔の形のままの杉の垣根に囲まれて、十七銀行のテニスコートの横に地蔵様と並んでおりますから、どなたでもお出でになればすぐにわかります。
 尤も今から二十年ほど前に私たちが居りました頃の東中洲は、只今のように繁華な処でなく、ずっと西北の海岸際と、南の端の川が二つに別れている近くに一並び宛しか家がありませんでしたので、私たちの家だけは、いつもその中間の博多側の川ぶちに、菜種の花や、カボチャの花や、青い麦なぞに取り囲まれた一軒家になっておりましたことを、古いお方は御存じで御座いましょう。」


先日の川端飢人地蔵尊夏祭りのどんぴしゃの場所なので,
花火や灯籠流しをこの主人公もみたことになるのかなと。

20170903uenin.jpg

このあたりの記述を元に今の栄えた町並みにテニスコートがあった時代を
考えると隔世の感ありますが,東中洲が今のように栄えたのは
明治2,30年のころだったこともわかるかもなあと。

20170903mizuguruma.jpg

その他,当時の手鞠歌として

「一本棒で暮すは大塚どんよ。(杖術の先生のこと)
二ョーボで暮すは井ノ口どんよ。
三宝で暮すが長沢どんよ。(櫛田神社の神主様のこと)
四わんぼうで暮すが寺倉(金貸)どんよ。
五めんなされよアラ六ずかしや。
七ツなんでも焼きもち焼いて。
九めん十めんなさらばなされ。」

とあるのですが,先日の『櫛田神社 第四十七回式年遷宮記録』によると,
明治6年から明治29年まで櫛田神社の宮司を務められた人が
「長野嘉平」さんらしいので,この手鞠歌も実在されていたのかなと。

では気になるのが,「この絵馬は実在したのか?」ですが,
少なくとも現在境内で普通に見られる場所にあった記憶はないので
『福岡市教育委員会 1987 櫛田神社収蔵品目録』を探してみましたが,
大絵馬は現在130収蔵されているようですが,上記の大絵馬が
あるかどうかは私の資料の理解能力では分かりませんでした残念。

20170903mokuroku.jpg

変なもので,パソコンで作業するのはなんの抵抗もないのですが
小説などをパソコン上で読むのが何故かすごい苦手でなのと,
「時代物」の小説を読んだことがほとんどないというダブルパンチで
なかなかこの小説を読み切る気力が出てこないのですが,
また機会みつけてゆっくり読んで押絵に託されたメッセージを解読してみたいなと。
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く~ねる

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