FC2ブログ

ひねもすのらりくらりかな

福岡在住です。 すろーなペースで食べ物,写真などについて書いてます。

2008.02 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 » 2008.04

2008.03.30 Sun » NHK「真夜中なのに生放送!桜咲いてもさだまさし」を視聴して1

一番印象に残ったのが「自分の桜」という言葉。
おそらくコンサートなどで話されているのでしょうが,自分ははじめて聞いた言葉でした。
さださんも山本直純先生もお持ちだとか。

おそらくコンサートではもっと前後の話があるのでしょうが,
私がこの言葉を聞いて思い出したのが,以前読んだ大江健三郎の『「自分の木」の下で』という
エッセイ集(?)の中の「どうして生きてきたのですか?」というエッセイでした。

桜,には限定されていませんが,自分という魂は「自分の木」からやってきて,
死ぬことでまたその木のところに帰っていく…。
大江健三郎については詳しく知りませんが,死と再生や生の螺旋などの
おおもとになっているイメージなのかと思います。

自他共に認めるメタボおやじである私の「自分の木」が桜であるはずはありませんが,
桜はその華やかさと散り行くさまで生と死を考えさせる力が強く,
「はて私の「自分の木」はどこにあるのであろうか?」と最近思うことが増えました。

最初の頃は「これが自分の木!」と決めてしまえば,
自分が死んだ後もおそらく残るその木が生き続けて行ってくれることが,
自分の生きた証になるかもしれない,という程度の考えでした。
他より目立つ寿命の長い木を実際に植えてみようなどと思ったりなども。

その程度の認識しか持たず番組を視て,最初「あああ自分は自分の桜を見つけられていない…」
と焦り,「明日は休みだから探しに行くぞ!」などと思っておりました。

しかし今日の福岡は雨…しかも全然やみそうにありません。
しかたなく「せめて歌の上だけでも桜に逢おう」と
『美しき日本の面影』を聴きながらこの文章を書きながらふと思ったのが,
「ある意味,実際の桜と酒を酌み交わさなくてもよいのだな」ということ。

実際の桜であれ想像上の桜であれ,「これが“俺の桜”だ!」
と確信を持って言うことができるようになること,
それが大江健三郎が言う「自分の木」を決めていくことであり,
“俺の桜”の良さを他者に伝えていくことで
自分の魂を他者の魂と結び付けていくことになるのかなあなどと。


などと無理やり解釈してみましたが,やはり「お気に入りの桜に逢いたい!」
という気分が抑えられなくなってきました。
東京は満開のようですが,九州はまだ五分咲き程度。
この雨でも負けることなく見事に満開の姿を見せてくれそうです。
スポンサーサイト
09profile.gif

く~ねる

AUTHOR : く~ねる

 福岡在住のおっさんがのらりくらりと日常をつづるブログです。
 コメントは承認制ですが,宣伝やお店の誹謗中傷などなければ
なんでも表示されますのでコメントもらえるとうれしいです。

 博多の祭・年中行事の予定に特化した別ブログはじめました。
博多の祭・年中行事

ツイッターもしています
 三鯛@tukushitai

09category.gif
09entries.gif
09comments.gif
09trackbacks.gif
09archives.gif
09link.gif
09others.gif

FC2Ad

09search.gif